大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

京都地方裁判所 平成8年(行ウ)2号 判決

原告

藤田孝夫

右訴訟代理人弁護士

片見冨士夫

被告

京都市長

桝本賴兼

右訴訟代理人弁護士

崎間昌一郎

主文

一  被告が原告に対し平成五年三月三〇日付けでした「平成四年度京都市農業所得標準協議会の議題について」の公文書のうち別紙公文書目録ア、イ、ウ、エ、オ、カ、キ、ク、コ、シ、ス記載の各公文書(ただし、大阪国税局、京都府農業所得標準協議会連合会及び京都市農業所得標準協議会又はそれらの職員若しくは構成員以外の者が作成者と明記されている部分を除く。)の非公開決定を取り消す。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は五分し、その一を原告の負担、その余を被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告に対し平成五年三月三〇日付けでした「平成四年度京都市農業所得標準協議会の議題について」の公文書の非公開決定を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は京都市の住民であり、被告は京都市公文書の公開に関する条例(平成三年七月一日京都市条例第一二号。以下「本件条例」という。)二条に定める実施機関である。

2  原告は平成五年三月一五日に被告に対し本件条例五条一項に基づいて「平成四年分普通田畑適用所得標準の所得金額の算出根拠が分かるもの」との公文書の公開を請求した(以下「本件公開請求」という。)。

これに対し、被告は平成五年三月二九日に原告に対し、本件公開請求に対応する公文書の特定をしたが、これらが本件条例八条四号、七号に該当するとして非公開決定(以下「本件処分」という。)を行い、その旨を同月三〇日付で原告に通知した。

3  そこで、原告が同年四月一日に被告に対し行政不服審査法六条により異議を申し立てたところ、被告は平成七年一二月七日にこれを棄却する旨の決定をし、そのころ原告にその旨を通知した。

4  しかし、本件処分によって非公開とされた情報はいずれも本件条例八条に定める非公開事由に該当しないから、本件処分は違法である。

5  よって、原告は本件処分の取消しを求める。

二  請求原因に対する被告の認否

1  請求原因1ないし3の事実は認める。

2  同4の主張は争う。

三  本件処分に至る経過等に関する被告の主張及び抗弁

1  原告が平成四年分普通田畑適用所得標準の京都市内各地区別の所得金額を記載した表を添付してした本件公開請求に対し、被告は請求に係る文書は「平成四年度京都市農業所得標準協議会の議題について」として平成四年度京都市農業所得標準協議会の議題とすることを決定した別紙公文書目録アからセ記載の文書(以下「本件各文書」という。)に含まれているものとし、同目録ケ、サ、セ記載の各文書は直接「平成四年分普通田畑適用所得標準の所得金額の算出根拠が分かるもの」ではないから請求対象外文書とし、その余の文書を本件公開請求に係る文書(以下「本件各特定文書」という。)と特定し、公開の当否を検討した。そして、被告は「農業所得標準は、その作成のために関係機関から一般には公開されていない資料を入手して基礎資料にするとともに、算定根拠については非公開にするものと意思統一されており、それらを公開することは、関係機関との協力、信頼関係を著しく損ない、今後情報の入手を困難とし、農業所得標準の作成事務に著しい支障を来すため」本件条例八条四号、七号に該当するとして本件処分をした。

2  「農業所得標準」は自治省税務局通達(昭和四〇年七月一九日自治市第四一号)に基づいて個人の農業に係る所得金額を算定するために、市町村が水稲及び普通畑(自家消費用の農作物に係る畑)について作成するものである。

ところで、農業所得は事業所得の一種であるから本来他の事業と同様に収支計算により所得金額を算定して申告することが原則である(所得税法二七条、一二〇条、地方税法三一三条、三一七条の二)。しかし、農業経営には一般的な企業経理の慣行に適しない特殊な面があること、経営規模の小さな農家については記帳慣習が乏しいことなどから、「農業所得標準」は農業所得者の所得申告の便宜を図るため農業所得の算定方法の一つとして運用されてきた。

3  「農業所得標準」は原則として税務署の所轄区域内の市町村で構成される農業所得標準協議会(ただし、京都市は複数の税務署の所轄区域に跨がっているが、一つの協議会を設置している。)が作成するが、各農業所得標準協議会の作成する「農業所得標準」の権衡を保持するため都道府県ごとに都道府県下の農業所得標準協議会による農業所得標準協議会連合会が設置され、国の税務官署(京都府連合会の場合は大阪国税局)の指導のもとに「農業所得標準」の作成事務にかかる協議、協力及び情報交換等を行っている。

京都市農業所得標準協議会は「農業所得標準」の作成にあたって大阪国税局から実務指導を受けるとともに、算定資料を京都市独自に収集するほか、京都府農業所得標準協議会連合会を通じて大阪国税局及び他の農業所得標準協議会からこれを入手している。

「農業所得標準」は毎年農業団体に開示するが、その算定資料、算定方法は非公開とすることが国等との間で申し合わされている。

4  本件各特定文書は本件条例八条四号に定める「国、他の地方公共団体又はこれに準じる団体(以下「国等」という。)との間における協議、協力により行う事務」に関して作成した情報であり、かつ国等から「取得した情報」であるうえ、これらを公開すると「当該国等との協力関係又は信頼関係を損なう」ものである。特に本件各特定文書を公開するべきではないとする大阪国税局は、国等第三者機関から資料を入手し、京都市農業所得標準協議会に提供しているものであるが、これは農業所得標準作成のための資料として入手したものではなく、単に税務行政のための資料として公開しないことを約束して求めたものである。したがって、これらが公開され、資料の提供先がこれを知ることになれば、今後当該第三者機関との協力関係が崩れ、資料収集が困難となり、農業所得標準作成のみならず、税務課税行政にも支障となることが客観的にも予測されるのである。

なお、京都府農業所得標準協議会連合会は、前記自治省通達に基づいて各市町村の農業所得標準協議会の代表者等で構成されるものであり、行政の一端として農業所得標準の作成のための調査、調整、協議する機関であり、本件条例八条四号に定める国、地方公共団体に準じる団体である。

5  また、「農業所得標準」の作成事務は本件条例八条七号に定める「その他の事務事業」に該当し、本件各特定文書を公開すると、「当該事務事業又は同種の事務事業の公正かつ適切な執行に著しい支障が生じると認められるもの」である。

本件各特定文書は公開すると、特定の統計調査名、特定の調査機関等が明らかになるし、情報の入手にあたり公表しないことを約束したものもあり、公開によって農業所得標準の作成に使用されていることが判明すれば、当該調査機関等は今後の資料の提供を拒否する恐れがある。したがって、京都市独自の調査によっては農業所得標準の作成が極めて困難になることが客観的に予測される。

6  そこで、決定書(稟議用の表紙)を除いて、本件各文書の具体的な内容、本件公開請求対象文書の該当性及び非公開事由は以下のとおりである。

(一) 別紙公文書目録ア記載の文書 平成四年度京都市農業所得標準協議会の協議会次第と同出席者名簿(一頁)(以下「アの文書」という。イ以下の各文書もこの例により表記する。)

右協議会の開催日、開催場所、議事次第及び協議会出席者の協議会での役職名、所属官庁での役職名、個人名の記載がある。

本件公開請求の対象文書であるが、これ自体を一部公開しても「平成四年分普通田畑適用所得標準の所得金額の算出根拠が分かる」わけではなく、本件条例九条に該当せず非公開文書である。

(二) イの文書 平成四年分農業所得標準作成作業のこれまでの経過と今後の日程(二頁)

協議会の開催までの所得標準作成作業の経過と今後の関係会議日程の記載がある。

そのほか、右作成作業にあたり取得した調査統計資料の入手先が日時を特定して具体的に記載されている。

これらを公開すると、一切公開しないことを前提にこれらの調査統計資料を国等の機関から入手しているため、この約束違反により協力信頼関係を損ない、今後の協力を得られなくなる。

(三) ウの文書 農業所得標準の一般的概要説明(三頁)

農業所得標準の作成の必要性とその作成根拠、農業所得標準協議会の性格についての概要説明のほかに、農業所得標準作成作業の説明及び作成作業にあたり取得すべき情報の入手先が具体的に記載されている。

イの文書について述べたと同様である。

(四) エの文書 農業所得標準作成手順の説明(四頁)

農業所得標準作成手順の説明のほかに、作成のための調査・資料作成における情報の入手先が具体的に記載されている。

イの文書について述べたと同様である。

(五) オの文書 京都市農業所得標準協議会規約(五頁)

昭和四五年九月一八日制定の京都市農業所得標準協議会規約第一条から第八条までの条文の記載がある。

アの文書について述べたと同様である。

(六) カの文書 平成四年分農業所得標準作成方法の具体的概要説明(六頁)

平成四年分農業所得標準資料と題する文書で、同標準の具体的説明及び算定根拠とした統計数値、その資料の入手先の記載がある。

イの文書について述べたと同様である。

(七) キの文書 平成四年産水稲収穫量統計(七頁)

全国農業地域別、近畿府県別、京都府下市町村別収穫量及び統計資料作成者名の記載がある。

イの文書について述べたと同様である。

(八) クの文書 適用米価の算定根拠数値表(八頁)

具体的数値及び算式で示された適用米価の算定方法の記載がある。

イの文書について述べたと同様である。

(九) ケの文書 他用途利用米の取扱い(九及び一〇頁)

農業所得標準を適用した場合、米穀を他用途利用米(主食とする米と品種の違いがなく、清酒、味噌、米菓、米澱粉等の主原料となる加工用米穀)として出荷したときは、その出荷量に応じて農業所得標準により算定した所得金額からさらに一定の金額を控除することができるが、この控除額と算定式が具体的数値及び算式で示され記載されている。なお、これは京都府農業所得標準協議会連合会から公表しないことの約束のもとに入手したもののコピーである。

これは甲6の農業所得標準の所得金額の算定根拠を直接示すものではないから、本件公開請求の対象外文書である。

(一〇) コの文書 平成四年分農業所得標準のとりまとめ表(収入金額及び必要経費についてその内訳の数値を表示している。)(一一頁)

水稲一〇アール当たり、普通畑一アール当たりの収入金額の算定根拠(収穫量、作物単価)、必要経費の明細書額(公租公課、種苗代等)及びこれらに基づいて差し引き計算した所得金額の記載がある表である。甲4と類似の情報が記載されているが、必要経費については各細目に分けて具体的数値が記載されており、これらの数値は、公開しないことの約束と申し合わせのもとに京都府農業所得標準協議会連合会を通じ、他の市町村が具体的調査をした資料を入手し、記載したものである。したがって、これらを公開すれば、同連合会との協力、信頼関係が損なわれるとともに、今後入手が困難となり、京都市独自ではこれらの必要経費の数値調査を行うことが困難であることから、今後の作成事務に支障となる。

(一一) サの文書 平成四年分標準外経費の説明(一二から一四頁)

農業所得標準により算定した所得金額からさらに別途控除することができる一定の経費の区分と控除の方式が根拠数値等により記載されている。

ケの文書について述べたと同様である。

(一二) シの文書 平成四年分水稲の農業所得標準適用区分(一五及び一六頁)

前記コの計算結果に基づいた京都市内各地区別の農業所得標準の所得算出根拠の記載がある。右指数化のために使用した特定統計数値の記載がある。

これにより統計、統計先の特定ができるため、資料の入手先が判明する内容のものである。

イの文書について述べたと同様である。

(一三) スの文書 平成四年分普通田畑の農業所得標準(一七頁)

前記コ及びシに基づいて、水稲、普通畑について京都市平均の収入金額、必要経費、差引所得金額及び京都市平均の内各地区別の所得金額が具体的数値等で記載されている。前者が甲4、後者が甲6と同一の情報が記載されている。

これまで各農業所得者には甲6のうち該当地区の所得金額を開示するに止め(各農業所得者は、当該地区の所得金額が自己の実際の所得金額に合致しないと考える場合は原則的な収支計算を行って申告をすることができるから、当該地区の所得金額のみの開示を受けてきた。)、スの文書は各地区の農業委員会会長(なお、その開示は行政機関内部に対する開示にすぎない。)に農業所得標準の説明のために開示してきたものであり、他の市町村でも同様の扱いであった。今回の本件公開請求に際し、京都府農業所得標準協議会連合会から公開しないこととの照会回答もあり、同連合会との協力関係、信頼関係の維持のために公開しない。

(一四) セの文書 平成四年分標準外経費(一八頁)

標準外経費の内容の記載がある。甲5とほぼ同一の情報である。

ケの文書について述べたと同様である。

(一五) イ、ウ、エ、カ、キの各文書

これらの情報入手先等を伏せて公開しても、残余の情報は原告の請求する農業所得標準の算定根拠が分かるものにはあたらない。

(一六) ク、シの各文書

これらを公開すると、記載の数値等から作成者、出所が特定され、今後の資料の提供等が受けられなくなるので、農業所得標準の作成事務に支障が生ずる。

四  抗弁等に対する原告の反論

1  農業所得標準が農業所得者の所得申告の便宜のために作成されているとしても、農業者にとっても自己の所得申告の根拠を知りたいと希望するのは当然であるし、農業者以外の事業者にとっては何故に農業者が所得申告において実態と異なるかもしれない申告をする便宜を得ることができるのかの疑問がある。したがって、農業所得標準の算定根拠は公開されるべきである。

2  京都府農業所得標準協議会連合会、京都府下の他の農業所得標準協議会は本件条例八条四号に定める国、地方公共団体に準じる団体にはあたらない。同連合会等は京都府下で「農業所得標準」を作成している団体であるから、これらとの信頼関係の喪失等を理由とする非公開を許すべきではない。

3  住民の便宜のために作成しているという「農業所得標準」の根拠を住民が求めているのに対し、国等との関係で本件各特定文書を非公開とすることは本末転倒であるし、「当該事務事業又は同種の事務事業の公正かつ適切な執行に著しい支障が生じる」として非公開とすることも同様の誹りを免れない。

4  以下、本件各文書の内容に則して公開されるべきことを述べる。

(一) ア、オの各文書

直接農業所得標準の算定内容に繋がる情報の記載がないとしても、所得標準を定める団体、その構成員、作成過程等、算定根拠に係わる重要な情報であり、公開されるべきである。

(二) イ、ウ、エ、カ、キの各文書

イ、ウ、エの各文書には調査資料の入手先名称の記載があり、カ、キの各文書には統計資料の作成者名の記載があるようである(証人菅剛)が、これらについて仮に被告の主張する非公開事由が認められるとしても、情報入手先等を伏せて公開すれば足りる。

これらの情報入手先等を含めた情報全体の非公開を主張する理由が入手先に情報が当初の目的以外に使用していることが露見することを避けたいというのであれば、これらは非公開の実質的な理由にはあたらない。

(三) カ、ク、コ、シ、スの各文書

これらの文書が原告の求める農業所得標準の算定根拠の核心をなすものである。

特に、コの文書は甲4と、スの文書は甲6とそれぞれ類似するか、一致するようである(証人菅剛)が、これらは農業委員に配布されているもので、非公開とすべき内容のものでない。

また、ク、シの各文書は記載の数値等から作成者、出所が特定される(証人菅剛)としても、それらの者との信頼関係を理由に非公開とすべきであることには疑問がある。

(四) ケ、サ、セの各文書

所得金額の算出に係わりがあり、請求対象文書であり公開されるべきである。

第三  証拠

証拠関係は本件記録中の書証及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求の原因1から3の各事実は当事者間に争いがない。

ところで、原告は本訴において本件各文書全部について公開を求める趣旨の主張をしているが、証拠(乙4、5、証人菅剛)並びに弁論の全趣旨によれば、被告は原告の本件公開請求に対し、ケ、サ、セの各文書を公開請求外の公文書と判断し、これらについては公開・非公開の決定を行わず、本件各特定文書についてのみ非公開の決定を行ったことが認められる。

そうすると、本件訴えは被告が原告に対し平成五年三月三〇日付けでした公文書の非公開決定の取消しを求めるものであるから、ケ、サ、セの各文書については訴えの対象とはなっていないというほかない。

二  そこで、ケ、サ、セの各文書を除いた本件特定文書について判断をする。

1  ア、オの各文書について

証拠(証人菅剛)並びに弁論の全趣旨によれば、アの文書は被告が第二の三の本件処分に至る経過等に関する被告の主張及び抗弁(以下「抗弁等」という。)6(一)で主張するとおり(ただし、五行目まで)の文書であり、オの文書は被告が抗弁等6(五)で主張するとおり(ただし、三行目まで)の文書であることが認められ、その内容等からして、これらはイ、ウ、エ、カ、キ、ク、コ、シ、スの各文書(これらに非公開事由がないことは後に述べるとおりである。)と相まって「平成四年分普通田畑適用所得標準の所得金額の算出根拠が分かるもの」ということができるから、公開するべきものである。この点に関する被告の主張は、イ、ウ、エ、カ、キ、ク、コ、シ、スの各文書が公開するべきものではないことを前提に、ア、オの各文書が本件条例九条にも該当しないというのであるから、前提が異なり採用することができない。

2  イ、ウ、エ、カ、キ、ク、コ、シ、スの各文書の内容について

証拠(乙九、証人証人菅剛)並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一)  イの文書は抗弁等6(二)のとおり(ただし、四行目まで)の文書、ウの文書は同6(三)のとおり(ただし、五行目まで)の文書である。イ、ウの各文書の中に調査統計資料の入手先の記載がある。京都市農業所得標準協議会はこれらの資料を公表しないことを前提に入手した。

(二)  エの文書は抗弁等6(四)のとおり(ただし、三行目まで)の文書である。その中に調査資料の入手先と特定の統計資料名称の記載があり、統計資料名称によりその作成者が判明するものである。京都市農業所得標準協議会はこの資料を公表しないことを前提に入手した。

(三)  カの文書は抗弁等6(六)のとおり(ただし、四行目まで)の文書である。キの文書は同6(七)のとおり(ただし、三行目まで)の文書である。カ、キの各文書の中の統計資料に作成者名称の記載がある。京都市農業所得標準協議会はこれらの資料を公表しないことを前提に入手した。

(四)  クの文書は抗弁等6(八)のとおり(ただし、二行目まで)の文書である。適用米価の算定根拠を示す計算表で、米の品質、種類、流通経路ごとに数値が記入されている。京都市農業所得標準協議会はこれらの資料を公表しないことを前提に入手した。

(五)  コの文書は抗弁等6(一〇)のとおり(ただし、五行目まで)の文書である。甲4(平成四年分普通田畑の農業所得標準)の記載に加えて必要経費の内訳数字の記載がある。この必要経費の内訳数字は、京都府農業所得標準協議会連合会が他の市町村農業所得標準協議会から入手したものを、同連合会から提供された。京都市農業所得標準協議会はこれらの資料を公表しないことを前提に入手した。

(六)  シの文書の記載内容は被告が抗弁等6(一二)のとおりの(ただし、五行目まで)文書である。シの文書は甲4、甲6(平成四年分普通田畑適用所得標準)の各所得金額の算出経過・根拠を記載したものである。スの文書は抗弁等6(一三)のとおり(ただし、五行目まで)の文書である。

以上の事実が認められる。

3  イ、ウ、エ、カ、キ、ク、コ、シ、スの各文書の情報の性質等について

証拠(証人菅剛、同佐藤文彦)によれば、次の事実が認められる。

(一)  平成四年当時、京都府下において「農業所得標準」を作成するにあたっては次の各調査、統計資料の作成等を行うのが例であった。

(1) 農家の収入支出の各金額を把握するため選定した標本調査対象農家について基準実額調査を行う。

(2) 調査対象年次の標準的な収穫量を把握するために同農家について収穫量調査を行う。

(3) 各農作物の価格動向を把握するために価格調査を行う。

(4) 農業団体の意見聴取を行う。

(5) 調査・統計資料の収集を行う。

(二)  その当時京都府下において、(一)(1)から(3)の各調査は、大阪国税局及び京都府農業所得標準協議会連合会がこれを行うのが例であり、京都市農業所得標準協議会はその調査結果を(一)(4)の意見聴取とともに、大阪国税局及び同連合会から入手して農業所得標準作成の際の資料としてきた。

(一)(2)の収穫量調査は、京都市農業所得標準協議会も独自に行い、大阪国税局等の調査結果と照合等をする。

(一)(4)の意見聴取は京都府農業所得標準協議会連合会が行ってきた。

(三)  大阪国税局及び京都府農業所得標準協議会連合会の(一)(1)から(4)の各調査等は、実際には、大阪国税局の指導の下に同国税局管内で京都府下の各税務署の職員並びに京都市を初めとする京都府下市町村の職員が共同して、各担当地域の農業者から聞き取りなどの方法で行うものであるが、その調査の際に同職員らが「大阪国税局」なり「京都府農業所得標準協議会連合会」の名称を明示したか否かは明らかではないし、各調査等を行うにあたり、調査対象農家に対し、調査結果を農業所得標準を作成するために使用することを告げないで情報の収集を行ってきた。

(一)(5)の調査・統計資料の収集は、大阪国税局が他の機関から市場等の数値、農業関係全般にわたる統計情報を入手し、これを連合会を通じて各協議会に提供してきたものである。

(四)  平成四年当時京都市理財局税務部主税課長であった菅剛(証人)は、イ、ウ、エ、カ、キ、ク、コ、シ、スの各文書が公表されると、京都府下の各税務署の職員並びに京都市等の京都府下市町村の職員が行っている聞き取りなどの(二)(1)から(4)の各調査等において、今後農業者からの情報が得られなくなると予測している。

また、平成四年当時大阪国税局課税第一部所得税課の職員であった佐藤文彦(証人)は、右各文書が公表されると、公表しない約束のもとに関係機関(具体的な名称等を明らかにしていない。)から得ている市場等の数値、農業関係全般にわたる統計情報(本来の目的は課税資料用ではない。)が得られなくなるし、税務署の職員らが行っている(二)(1)から(4)の各調査等において、今後農業者からの情報が得られなくなると予測している。

以上の事実が認められる。

3  非公開事由の有無について

(一) 以上の認定事実並びに弁論の全趣旨に照らして、被告が主張する非公開事由を具体的に見ると、ひとつは次のようになるものと理解するほかない。

すなわち、京都府下の各税務署の職員並びに京都市等の京都府下市町村の職員が行ってきた聞き取りなどの(二)(1)から(4)の各調査等の際、当該調査等の結果を農業所得標準の作成に用いるとの説明を行ってきていなかったので、前記各文書が公表されると、その旨の説明をしないまま収集した調査等の結果を農業所得標準の作成に用いたことが被調査者である農業者に明らかになり、その場合は今後農業者が調査に協力することを拒否することが予想される。この事態を避けるため関係機関である大阪国税局、京都府農業所得標準協議会連合会及び京都市(農業所得標準協議会)が調査結果を公表しない旨を申し合わせ、約束したから、被告においてこれを公表するときは、この申し合わせ及び約束に反することとなり、京都市と大阪国税局、京都府農業所得標準協議会連合会との信頼関係を損なう(本件条例八条四号)ことになる、というにある。またその場合は、京都市が行う「事務事業」である「農業所得標準」の作成事務の「公正かつ適正な執行に著しい支障が生じる」(本件条例八条七号)ことにもなるというのである。

(二) しかし、右のような「信頼関係」は本件条例八条四号に定める「信頼関係」にはあたらないというべきであるし、前記各公文書を公開した場合に「公正かつ適正な執行に著しい支障が生じる」ともいうことができない。

(三)  前記認定の事実、前掲の各証拠並びに弁論の全趣旨によれば、税務署の職員らが農業者からの聞き取りなどの方法で収集する情報は、原告を含む京都府下の農業者に関するものであって、一般的に同農業者に秘匿しなければならない性質のものではないし、これが農業者全般に係わる税務申告における所得金額の目安になるものであれば、農業者にとって知悉することが望まれる類のものであると認めるほかない。

しかも、先にも述べたように、大阪国税局、京都府農業所得標準協議会連合会及び京都市(農業所得標準協議会)は申し合わせのうえ、実際には税務署の職員らが農業者から得た情報を農業者には秘したままいわば「目的外の使用」をしていると認めるほかないのであり、この点からして、大阪国税局ら三者の公表しない旨の前記申し合わせ(約束)及びこれを履行することによって維持される信頼関係は、農業者からの情報の「目的以外の使用」を秘匿する状態を継続することを企図する一面のあるものと認めざるをえないところである。

(四)  ところで、本件条例はその前文で「本市が保有する情報は、広く市民に公開され、適正に活用されることにより、市民生活の向上と豊かな地域社会の形成に役立てられるべきものである。また、この情報公開は、市政に対する理解と信頼を深めるとともに、市民参加を促進し、もって開かれた公正な市政の推進に資するものと確信する。このような精神の下に、市民の基本的人権を最大限に守りつつ、公文書の公開を請求する権利を保障することにより市民の参加する権利を具体化し、併せて市政に関する情報を積極的に提供することが、市民の福祉の増進と地方自治の健全な発展に不可欠であると認識し、この条例を制定する。」としてその目的を明記しており、その趣旨、構成等からして本件条例の解釈にあたっても、前文のうたうところを基本としなければならない。

(五) 右のとおり、本件条例による情報公開は基本的には「公正な市政の推進に資するもの」を指すものと理解するべきであるから、八条の定める「公開しないことができる」公文書の範囲等に関しても、その観点において規定の趣旨を理解するべきである。現に八条七号には「公開することにより当該事務事業又は同種の事務事業の公正かつ適切な執行に著しい支障が生じるおそれのあるもの」とその趣旨を明記しているし、同四号に定める「当該国等との協力関係又は信頼関係」には、何らかの不都合な事情を秘匿しようなどとする「協力関係又は信頼関係」を含まないと考えるのが正当である。

したがって、京都市(農業所得標準協議会)の大阪国税局及び京都府農業所得標準協議会連合会との前記申し合わせ(約束)及びこれを履行することによって維持される信頼関係は、農業者からの情報の「目的外の使用」を秘匿する状態を継続することを企図する一面があるものであるから、本件条例八条四号に定める「協力関係又は信頼関係」にはあたらないのである。

また、農業者からの情報の「目的外の使用」を秘匿した状態のままで京都市(農業所得標準協議会)が今後「農業所得標準」の作成事務の「公正かつ適切な執行」(本件条例八条七号)をすることは困難であるというべきであるから、前記各文書を公開しても、京都市(農業所得標準協議会)の事務事業の公正かつ適切な執行に著しい支障が生ずることはないというべきである。

(六)  なお、被告は、前記各文書を公開すると、農業者、大阪国税局及び京都府農業所得標準協議会連合会からの情報を得られなくなり、「農業所得標準」を作成することが困難になると主張する。

仮に、被告が抗弁等2の第二段落で主張するような事態が今日でも妥当し、かつ「農業所得標準」による税務処理が農業者にとって「便宜」であるとしても、「農業所得標準」の根拠となる情報を当該農業者に知悉させず、「目的外の使用」の事実をも伏せたまま今後も「農業所得標準」の作成を継続しようとすることは、本件条例の目的に反するといわざるをえないであろうし、所要の情報を提供したうえで農業者が「農業所得標準」のための資料提供の是非を判断することこそが本件条例の目的に沿う所以である(「農業所得標準」による税務処理が「便宜」であるならば、京都市等の職員の行う情報収集に対する協力が得られる可能性はあるであろう。)。したがって、被告の主張する「便宜」を受けるか否かは農業者の判断にかからせるほかないのであり、「農業所得標準」の本来の性格がそのようなものであることは被告の自認するところでもある。

(七) 被告が主張する非公開事由のもうひとつは次のように理解される。

すなわち、大阪国税局が「農業所得標準」の作成のために、他の機関から公表しないことを約束して市場等の数値、農業関係全般にわたる統計情報(本来の目的は課税資料用ではない。)を得、これらを公表しないことの約束を受けて京都市農業所得標準協議会等に提供してきたが、これらを公表すると、大阪国税局が今後当該情報を得られなくなり、ひいては京都市農業所得標準協議会が提供が受けられなくなり、京都市(農業所得標準協議会)と大阪国税局との間の信頼関係が損なわれ(本件条例八条四号)、また、京都市が行う「事務事業」である「農業所得標準」の作成事務の「公正かつ適正な執行に著しい支障が生じる」(本件条例八条七号)ことにもなるというのである。

(八)  しかし、大阪国税局が「農業所得標準」の作成のために得た市場等の数値、農業関係全般にわたる統計情報が本来公開を許さない性質のものであること、大阪国税局はどこから同情報を得たのか、その際具体的にどの機関なりとの間でどのような意味で公表しないと約束したのか、などは証拠上不明である。

この点について、証人佐藤文彦は、複数の機関から情報を得たが、一部の機関から、公表しないようにとの要請を受けたことがあり、要請を受けたかどうかとは別に、元来課税資料ではない情報を課税資料に使用したことが分かると、情報を提供した当該機関に迷惑をかけるなどと証言している。

そこで、これらを京都市(農業所得標準協議会)と大阪国税局との関係で考えると、同国税局が「農業所得標準」の作成のために得た市場等の数値、農業関係全般にわたる統計情報はその名称からして客観的な統計情報の類であって、いわゆる個人情報に類するものとは考え難いことなどから、同国税局が他の機関に対し負担している秘匿の要請は、情報の提供機関名の秘匿によりおおむね充足されると見ることができ、したがって、その限りで京都市(農業所得標準協議会)と大阪国税局との信頼関係が損われるとまでは認められないし、本件条例八条七号所定の事務事業の公正かつ適切な執行に著しい支障が生ずる事態を回避することができるものと認めるのが相当である。

なお、証人佐藤文彦は、情報の内容である例えば統計数値等を専門家が見れば、どういう機関(厳密な特定は困難であるという。)の作成した情報であるか、程度のことは分かると思われると証言しているが、この証言によっても、一般的には統計数値等だけでは作成者が理解できないというのであるから、統計数値等のみを公開すれば、大阪国税局が負担している秘匿の要請に反するとは認められない。

(九) 以上を要するに、イ、ウ、エ、カ、キ、ク、コ、シ、スの各文書は、その記載の中で、大阪国税局、京都府農業所得標準協議会連合会及び京都市農業所得標準協議会又はそれらの各職員若しくは構成員以外の者が作成者と明記されている部分を除いては、被告の主張する本件条例八条四号、七号に該当するような非公開事由があるとは認められないから、これらを公開するべきものである。

なお、被告は、イ、ウ、エ、カ、キの各文書は情報の入手先を伏せると農業所得の算定根拠が分かるものではなくなると主張するが、これらの文書の内容は、前記認定のとおりであり、大阪国税局及び京都府農業所得標準協議会連合会等以外の者が作成者と明記されている部分を除いても、本件公開請求の対象となる内容を持つものと認められる。

三  以上の次第で、原告の本件請求は主文第一項掲記の限度で理由があるから正当として認容し、その余は理由がないからこれを失当として棄却することとする。

(裁判長裁判官大出晃之 裁判官磯貝祐一、裁判官吉岡茂之は填補のため署名押印できない。裁判長裁判官大出晃之)

別紙公文書目録

ア 平成四年度京都市農業所得標準協議会の協議会次第と同出席者名簿

イ 平成四年分農業所得標準作成作業のこれまでの経過と今後の日程

ウ 農業所得標準の一般的概要説明

エ 農業所得標準作成手順の説明

オ 京都市農業所得標準協議会規約

カ 平成四年分農業所得標準作成方法の具体的概要説明

キ 平成四年産水稲収穫量統計

ク 適用米価の算定根拠数値表

ケ 他用途利用米の取扱い

コ 平成四年分農業所得標準のとりまとめ表

サ 平成四年分標準外経費の説明

シ 平成四年分水稲の農業所得標準適用区分

ス 平成四年分普通田畑の農業所得標準

セ 平成四年分標準外経費

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例